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ガルー5

田舎のサービスエリアというのは、閑散としてどこか湿っぽいところがある。

このさびれた感じは、大きな看板に出来た錆にも見られるし、キチンと清掃が行き届いているとは思えないトイレにも見られるし、なにより緩慢な従業員に見られる。

食堂のメニューはずらりとたくさんあるが、ほとんど客が来ないためなのか開店前から品切れ状態で、選択肢が極端に絞られ、結局3人できつねうどんを注文する羽目になってしまった。

しかも一杯980円である。

緩慢な従業員は一体何をしているのか?

我々が注文してから40分、そういえば先ほどから調理場の方からは物音ひとつしない。

「一体、いつになったら出てくるんでしょうか。我々のきつねうどんは」

「そうよ、ちょっと遅すぎない?馬鹿にしてるわよ」

「うむ。ボクが分析するに、まず自分らの昼食を摂った後、我々のうどんを作り始めるのではないだろうか?確かに、ちょうど腹の空く時間帯だ」

「ねえ、タナカさん。そんな馬鹿な話ってありえると思う?」

「教授がおっしゃるのですから、ありえなくもないでございましょう」

「あるいは、昼休みで居眠りか」

「じゃあ、なぜ注文を取ったのよ?」

「反射神経かもな」

「あのバア様がぁ?」

「昔取った杵柄さあ」

もちろん、さびれきった食堂内には、ボクら3人しか客はおらず、古びたテレビから流れてくる昼過ぎのメロドラマが、妙にこのくすんだセピア色の食堂内の雰囲気とマッチしていた。

「あたし、文句言ってくる!」

と、最初に席を立ったのは705だった。

「腹が減ると動物は凶暴になる」

「705さんは、いつでも凶暴のような気がしますがね、うっしっし」

「タナカ、今なんか言った?」

火に油を注いだ形となって、705はタナカを睨み付けた。それから勢い勇んで調理場の方へと消えた。

「行っちゃいましたね、705さん」

「よほど腹を空かせているんだろう。まったく野生的な女だよ」

「そういうところが彼女の魅力ですよね」

「まあな。女はあれくらい気が強くないとつまらない」

調理場の方からは705のかん高い怒声だけが聞こえてくる。

そこまで怒ることもなかろうに、とは思うが、705の腹の虫は治まらないどころか空腹感で一層活発になってしまっているようだ。

そうして約5分、散々無駄なエネルギーを消費して、更に腹を空かせて帰ってきた。

「まったく、馬鹿にしてるわあ」

「で、どうでした?中の様子は」

「教授のおっしゃった通り。笑っちゃうわね、ご夫婦揃ってランチタイムよ。それもきつねうどん」

「しかもきつねうどんって。一体どういうつもりなのでしょうか。こっちは先ほどから、腹ヘリヘリだっていうのに」

「さらに信じられないことには、あたしが行ったとき、笑顔で軽く会釈されちゃって」

「ますます怒り心頭ってわけだな」

「でも教授。どうしてわかっちゃったんですか?ランチタイムだってことを」

「すべての解明の鍵は、一見ありえないところに隠されているものさ。ガルーの捜索も同様だよ」

「でもさぁ、調査するくせに教授、どうなんだろう?リサーチをかけないの?地元の人たちとか、その土地の研究者とか、さ?チームを組んだ方が、成功率は高いと思うけどな~。」

「リサーチ?できれば当然それは有効な手段だが、結果的に自分の勘が一番正しいと気がついた。科学的な返答でないのはわかっているよ。ただ、我々の調査は秘密裏に進める必要がある」

「なぜ?」

「未確認生物発見にかける探究心を損なわないためと・・」

「それから?」

「主に経済的な理由からだ。スポンサーさえつけば、すべての問題を解決できるんだけど、まず出資をしようとする奇特な人間がいない。調査の経費がかかっている。我々がガルーを捕獲して、それをもとに一儲けしないことには、もとが取れない」

「スポンサーは探したの?」

「いや。今のところはまだ。だけど、当てがないわけじゃない。そのうち掛け合ってみようと思っている。それまでは自力でなんとかしよう、という流れだ」

「奇特な人がいたもんですね」

「ああ。なんでも自宅のプールでシャチを飼っているらしい」

「シャチって、あのシャチ?」

「鯱」以外のシャチは他にはあるまい」

「と、とんでもないお金持ちじゃないですか!!我々の日給も少しは上がるかなあ」

「せめて、ガルーの写真でもなんでも、とにかくガルーの存在を証明するものがなければ、いくら奇特な人間でもさすがに金は出さんだろう」

「まあ、そうね。当分は教授の勘を頼りに動くしかないわね。気が遠くなっちゃうけど」
 
調理場から、お盆に3つのきつねうどんを乗せてバア様が出てきた。

ようやくにしてきつねうどんが到着した。

バア様が今日は本当に暑いですね・・などとどうでもいい世間話を笑顔で振ってきたが、全員でそれを無視した。

なにせ一杯980円である。

「おい、タナカ」

「はい、教授なんでございましょう」

「きつねうどんの定義とはなにか?」

「さて。うどんとつゆ。お揚げが乗っていて、かまぼことネギが入っているのが、一般的ではないでしょうか?」

「うむ。よろしい。うどん、つゆ、お揚げ。きつねうどんとは、この3点でも確かに立派に成立してしまうが、かまぼこやネギも入れて、より美味しく頂けるよう配慮するのが、お店としては一般的だな」

「はい、そうであります」

「では、このきつねうどんは、定義上は何も問題はないが、お店としての配慮が著しく欠落している、ということだな」

「まさしく、その通りであります」

「ほんと馬鹿にしてるわね!なんなのよこれは一体!賄い食じゃあるまいし!」

「確かに。まだどん兵衛の方がよほど親切にできている」

「うどんがひと玉、高くても50円、お揚げは30円、つゆはどうやら追い鰹つゆの3倍濃縮を薄めて使って光熱費を考慮しても、原価は100円程度だな。ここの家賃がいくらなものかはわからないが、仮に一杯200円としても、残りは丸ごと人件費ということになる」

「ほとんど詐欺じゃないですか」

「ああ。あの夫婦、長生きはできんだろう」

「あたし、文句言ってくる!」

再び705が大きな音を立てて席を立った。そうして一目散に調理場の方へ消えた。

調理場の方からは、705の甲高い怒声が響いてきた。

あの夫婦はどのような顔で、705の怒声を聞いているんだろうか。


・・とそのときである。

調理場の方から、ボクらを呼ぶ705の声がした。

「教授!早く来て!!早く!」

「どうしたんでしょう、705さん」

「さあ。とにかく行ってみよう」

ボクとタナカは705に言われるまま、調理場の方へ向かった。


そこで見たものは・・

裏口から逃げるガルーの後ろ姿だったのだ。

「あっ!ガルーだ!おい待て~!」

再び、昼食はお預けとなった。

ボクらは車に乗り込んで、ガルーを追跡することになったのだった。
# by ronndo9117 | 2006-06-20 17:44

ガルー4

「こうやって、高速道路に乗って旅行するのって、なんだか久しぶりですね~」

「何度言わせるんだ。旅行じゃない、調査だ。いい加減、その認識不足をどうにかしたまえ」

はじまったばかりとはいえ、いつになったら、この調査隊はまともな調査隊として機能してくれるのか、不安がつきまとう。

平凡なサラリーマンだったボクの資金力もそれほど当てにできるものじゃないし、毎日タナカと705に支払う日当だけでも日に1万円、その他の移動費、雑費を入れるとかなりのハイコストとなっている。

焦っても結果は同じだが、一日でも早くガルーを捕獲しないことには、ボクの貯金も底をついてしまうだろう。

705の言う通りかもしれない。呑気に構えてなどいられないのだ。


北へ向かう705の車は相変わらず制限速度を50キロは軽くオーバーしている。

飛ばし屋といわれて完全否定する705だったが、実際の行動は飛ばし屋以外の何者でもなかった。

現在、まったく当ての無い調査なのに、どうしてそんなに飛ばす必要があるのか?

それは705の激しい性格所以だ。

高速道路を走行する我々の車は、常に時速130kmに達していた。

「そんなに飛ばしたら、捕まっちゃいますよぉ?ナンバープレートとかばっちり写真撮られちゃうんですから」

「おいおい、そんな罰金まで経費に入れてないぞ」

「ふん、大丈夫よ。あたしってこう見えても抜かりは無いわぁ。こっそりナンバープレートを張り替えておいたのよ」

「それってば705さん、犯罪ですよね?」

「わかりきったことを言うねえ、相変わらず」

「犯罪?そうかもしれないわね。でも、大丈夫。被害者がいるとしたら、この車内よぉ」

「どういうことだ?!」

「どういうことって、そういうことよ」

「まさかボクの車のナンバープレートを?」

「ううん。違うわよ」

「じゃあ、どういうことだ」

「タナカさんの・・・」

「え?!わたくしめの車のナンバーですか?」

「いつの間に・・」

「うふ。ちょっと拝借しちゃった、えへへ」

「これってば、どういうことでしょうか、教授?」

「つまり、スピード違反で罰金を受けるのは、他ならぬタナカだということのようだな」

「勘弁してくださいよぉ~」

「タナカさんの車だとは知らなかったのよ。今朝、あなたのマンションに才原さんと迎えに行ったとき、たまたま近くに止めてあった車からね、拝借したってわけ」

「つくづくツイてないね」

「ついてないとか言ってる前に、スピードを落としてくださいよぉ」

というタナカの願いもむなしくかき消されるように、705はアクセルを再び踏み込んだ。



都心からは、短時間ながらずいぶん遠ざかったのか、窓を開けると、新緑の香りが車内に充満した。

五月の臭いがする。

あたりの風景も緑が多くなった。

「かなり田舎に来ちゃいましたねぇ。ホントにガルーはいるんでしょうかね」

「こうやって窓を開けて田舎道を走ってると、アブが飛び込んできて危うく事故を起こしそうになったことがある」

「あたしなんか蜂よぉ。それもスズメ蜂。生きた心地がしなかったわぁ」

「わたくしめは、車内にゴキを飼っていたようで、運転中おでこに止まったことがありますです」

「それで?」

「びっくりして急ブレーキをかけてしまいまして、一命は取り留めました」

「それから?」

「え?それで終わりですよ」

「オチはないのねえ、つまらないわぁ」

「そう申されましても・・」

「そうだ、そろそろ窓を閉めないと、また妙な虫が入ってきて、それこそ次は本当に我々は事故にあってしまうかもしれません」

「そうだな、ボクも虫は苦手なんだ」

「あら、あたしはぜんぜん平気よ。家でたくさん飼ってるんだから」

「705さんがよくっても、我々一般人は密室パニックに陥りますよぉ」

「仕方ないわねえ」
705は、仕方なく窓を閉めきった。


都心から遠ざかったこともあるが、日中のこの時間は、他の車の姿もまばらだ。

アスファルトは太陽を照り返して、明るく輝いていた。

こんな田舎に、ガルーはいるのか?

いるとも言えるし、いないとも言える。

都心に残って調査をしたとしても、可能性の範囲ではさほど変わらない。

自分の勘だけが、今は頼りだ。


そろそろお昼にしたいところだったが、なかなかサービスエリアも見つからないまま、先を行くしかなかった。

タナカは後部座席でひとりスニッカーズをかじりはじめた。

ひとりで食べるのは、さすがのタナカも遠慮したのか、

「ねえ、教授、705さん、食べますか?」

「あたしはいい。甘いものって実は苦手なの」

「じゃあ、教授は?」

「一体、何本持ってきたんだ?そのチョコレート」

「リュックに半分くらいでしょうか」

「ほとんど、チョコじゃないか」

「はい、わたくしめの主食ですから」

「いつか成人病で死ぬな」

「不吉なこと言わないでくださいよぉ」

「偏食にも程度がある」

密室の車内には、タナカのスニッカーズの甘い臭いが充満していた。

「甘い。甘いなあ。あたしって甘い臭いダメなのよぉ」

「甘いものが苦手な人にとっては臭いもキツイな」

「申し訳ないです・・」
というタナカだったが、一度着いた火を消すことはできず、二本目の封を開けた。


しばらくして、
「ねえ、才原さん、なにか臭わない?」

「あはは。これぞ密殺でございます」

「やると思ったよ。必ずやると。もう読めてた」

「さすがは教授です。わたくしめの行動パターンを早くも掴んだご様子。あっぱれです」

「確かに甘い臭いよりは、ある特定の人にとってはマシであると思われる。だがな、ボクにとっては非常に不快だ」

「教授のことまでは考えてませんでした」

「ボクにとっては、むしろ殺人的ですらあるね」

「だから、密殺と・・」

「だが、なぜ屁は臭いのだろう?」

「さあ、どうしてでしょうか?臭いものは臭いからです」

「我々は生まれながらに、屁は臭いものとして認識していたのだろうか?あるいは後天的に認識したものなのか?仮に後天的な認識であるとするならば、世間一般常識にあまりにも無自覚に迎合してしまっているようで、なんだか癪だな」

「最初に屁が臭いと言い出した人がいるんですよ」

「屁の発見だな、まさしく。発見されるまでは、屁は屁として存在しなかったんだ、きっと」

「いやあ、さすが教授、深いですねえ」
とタナカは腕組みをして感心している。

「あんたたち!つべこべ言ってないで早く窓を開けてよ!」

705の金切り声が響いた。
# by ronndo9117 | 2006-05-12 21:27 | 【創作小説】

ガルー3

705の運転する車に同乗して、早朝より本日の追跡調査を進めている。

705が調査隊に加わった経緯は、いちいち説明するのも面倒なので省略させていただきたい。

早い話が、結局彼女も大学で講師の席が空くのを待つ、フリーの貧乏学者というわけだった。


タナカは後部座席に腰掛けて、ドライブ気取りでさっそくスニッカーズをかじっている。

本日の調査の目的地は・・・。

といって、恥ずかしながら我々に目的も計画も無いのだが、これまでの経験上、ガルーはボクらが行く先々で目撃されることから、ガルーに遭遇すると思しきところへ行くのではなく、ボクらの行きたいところへ行く、ということにしている。

と、これって調査でもなんでもないんじゃないの?

という批判は早急すぎるだろう。

ガルーに遭遇した事例が少なすぎて、ヤツの行動パターンはまだ掴めそうにないのが実情なのだ。

もう少し、我々にはフィールドワークを積む必要があった。


「それにしても、こうやってドライブがてらに、ふいっとガルーが出てきてくれたら、我々も楽でいいですよ」

いかにもタナカらしい感想だな。

「でも、もし楽に捕まっちゃったら、明日から我々は失業者ですね。あはははっ。のんびり行きましょうよ、のんびりね、705さん」

「ふん。あんたと一緒にしないでよね」

705はぴしゃりと真顔で言った。どうやらこのふたりは馬が合いそうもない。

「というより、雇用主の前で、よくも抜け抜けとそんな不謹慎なことが言えたもんだな。まったく驚くほどデリカシーが欠損しているじゃないか」

「あっ。ついつい・・へへへっ」

タナカはイガグリ頭をぼりぼりと掻いて、いかにもばつが悪そうに言った。

だったら最初っから言うなよ。

705の加入で現状の調査隊の質がどの程度上がったかはわからないが、タナカとコンビを組んでやるよりは遥かにマシであることだけは明確だった。

貧乏学者とはいえ、なかなか頭の切れる女で、たまに直情的で感情が暴走することを除けば、これで案外頼りになる存在となるだろう。

よく見れば、口さえ開かなければ、という条件付で、なかなかいい女じゃないか。

何が変わったのかというと、足だ。

タナカとふたり、リュックを背負い捕獲網を持って、街を徘徊する姿は、主観的にどう考えても異様だった。

客観的に考えてしまったら、行動すらできなかっただろう。


ボクらを乗せた車は、高速道路へ差し掛かった。

「いったいどこへゆくんでしょうか」

「ま、まずはどこへ行きたいかを皆で話し合おう」

「あんたたちってホント呆れるくらいに呑気ね」

「呑気が一番です!あはははは」

「呑気だと?フィールドワークの一環だ」

「笑えないっての」

ぴしゃりと705のキツイ一言に、タナカは口ごもってしまった。車内に重たい空気が流れる。

と思ったのはどうやらボクだけである、とわかるまでにそれほど時間はかからなかった。

タナカは何事も無かったように、窓の外を見ながらアニメソングだろうか・・口笛を吹いている。

705にしても、今までのやり取りが無かったかのように、自然体だ。

チームの空気を重んじる立場のボクの杞憂に過ぎなかったのだろう。

つまり、彼らはボクが思っているほどに、神経が繊細ではないんだ。

「で?ほんとにどこへ行くの?」

「とりあえず、北へ行こうかな」

「曖昧ね、相変わらず」

「そいつは誤解と偏見だ。今は少しでも情報収集しなければならない時期なんだ。分析はそれからさ。まだ雲をも掴む段階なんだ」

「そーです、教授のおっしゃるとおりっ!ささっ、ドライブと行きましょう」

「まーいいわぁ。それじゃ北へ行くわね」

そう言うと、705はアクセルを踏みこんで加速した。

ボクらを乗せた車はグングン加速してゆく。

「ちょっと、飛ばし過ぎ、なんじゃないかな」

「そお?いつものことよ」

「ひょっとして飛ばし屋ですか?705さんってば」

「飛ばし屋?やめてよ。人を暴走族みたいに言わないでちょうだい。わたしこれでもお嬢様なんだから」

「随分、おてんばなお嬢さんなんだなあ」

「おてんばって、それって死語じゃない?」

「じゃじゃ馬娘だな・・」

「それも死語!」

「そーゆーこそばゆいところを、つっつく笑いって、好きですよ」

「別に笑いを取ろうとしたわけじゃない」

「そうよ、なに勘違いしてるのよ」

結局、最後にはタナカが悪者になってしまう。

我ながらいいチーム内の構図ができた。

なんとか、上手くやっていけそうだ。
# by ronndo9117 | 2006-05-12 21:25 | 【創作小説】

【小説】 ガルー2

助手のタナカが、先ほどから大げさなリュックサックを開けて、なにやら物色している。

たぶん腹でも減ったんだろう。

ヤツのお決まりのスニッカーズでも出してきて、無神経にも路上で食べ始めるんだ。

フィギュア集めが趣味の冴えない男だ。

丸刈りに全身迷彩服を着て、モデルガンを所持している。

なにせ緊急の調査隊のため、人材不足、人員不足はやむを得ないところだ。

いまどき日当5000円では、中学生だって雇えないだろう。

「ヘッドライトの電池が切れちゃって、電池がありません」

まったく、なにやってんだよ。


ガルーの足跡を追って始まった調査だが、肝心の足跡がまったく見当たらず、調査当初からさっそく行き詰まっている。

それもそのはずで、ボクらはなんの手がかりもなく、しかも高速移動するカンガルーを捕獲しようというのだから、はなっから雲をも掴むことなのかもしれない。

だけど、諦めた瞬間から、ボクは世間のウソツキのお仲間入りを果たしてしまうわけで、それはそれでいいにしても、とりあえず町をウロウロとしている方が、家でスマップを聴いているよりはまだマシってもんだ。



冴えないタナカは案の定、1本目のスニッカーズをかじり始めた。

「どこにも見当たりませんね、隊長」

見るからに間抜けそうなヤツだ。

人材不足もはなはだしい。先行き不安になる。

「隊長じゃない。教授と呼びたまえ、君」

とボクは幾分、不機嫌そうに答えた。

「え?なんの教授ですか?」

ちぇっ、まったく気が利かねえなあ。

イチイチ説明してやらなければならないのか。

「超常現象研究家 才原博教授!今から世紀の大発見をするんだ。それぐらい箔をつけていかないとみっともないだろう」

「そうですか。そんじゃ教授ぅ・・」


真昼間の住宅街を、タナカを連れて歩いていた。

タナカは大げさなリュックを背負って、大きな捕獲網を持っている。

麻酔銃は手に入らなかった。

現状では、正規の調査隊と認められていないんだ。

植え込みの中や、塀の隅やゴミ箱の中まで、丹念に調査したが、ガルーの姿はどこにもない。

昨日は終日、聞き込み調査を実施したが、道行く人は不審人物を見るような冷ややかな目でボクらを見ては、返事らしい返事ももらえぬまま、一日が終わってしまった。

挙動不審なタナカのせいだ。

聞き込みを行うボクの後ろで、丸坊主に迷彩服を来た男がスニッカーズをかじっていたら、相手にしたくなくなる気持ちはさすがに理解できる。

食うのを止めろと、再三の注意も、ヤツの突き出た腹が黙ってはいないらしいのだ。


「おーい、ガルー!」

タナカがやけを起こしたのか突然叫んだ。

「何をやってるんだ?」

「呼んだら出てくるかなって」

「つくづく馬鹿だな、君は。ガルーって名前はボクが付けたんだから反応するわけがないじゃないか」

「そっかあ。考えが軽薄でした」


住宅街の広く舗装された道路には、日中ということもあって人影がまったくない。

よく晴れたいい天気で、ベランダでまどろみたいくらいだ。

するとそこへ、大きな屋敷の植え込みから、一匹の動物が、通りに躍り出た。

ああ・・

まさしくガルーだ!

「タナカ!でかしたぞ!さあ、追跡だ!」

「へい!教授!」

ガルーはじっとボクらを見たかと思うと、反対方向へ一目散に駆け出した。

「タナカ、もたもたするな!巻かれるぞ」

ガルーはすごいスピードで一直線の道を進み、どんどんボクらから遠ざかってゆく。

運動不足のボクらは5分も持たずに息を切らせた。

遠くの角を曲がったあたりで、すっかり見失ってしまった。

「ハアハア・・・それにしてもすごいスピードです。果たして我々に捕獲できるのでしょうか」

「はあはあ・・いきなりのマイナス思考は慎みたまえ」


完全に見失ってしまった。

また調査は一からの出発である。

最初から、そんな簡単に捕まるはずがないのはわかっている。

簡単に捕まえることが出来たなら、今頃ガルーはとっくの昔に誰かに捕まっているに違いないんだ。

ガルーを捕らえるにはなにか奇抜な発想が必要だった。

「タナカ、ちょっとここのマンホールを開けてみてくれないか?」

「はい。だけどどーするんですか?」

「いいから、開けてみてくれ」

タナカはボクに言われるままに、重たいマンホールを苦労してこじ開けた。

「さあ、行くぞ」

「どこへ?」

「決まってるだろ、中だよ」

「本気ですか?」

「ああ、いたって本気だ」

「こんなところにガルーなんていやしませんよ」

「いないと決定する根拠は何だね?」

「さあ?たぶんいません」

「ボクはこう思う。たぶんいる」

渋るタナカをなんとかマンホールへ押し込んで、追跡調査は再開された。

「ネズミやゴキブリが飛び掛ってきたら・・」

「食っちまえ、そんなもん」

不法に侵入していることは重々承知の上だが、警官が犯人を追う際には交通ルールを無視するように、緊急事態というのは法の垣根を越えなければならないときだってあるんだ。

下水工事業者からクレームが入らないよう、出来るだけ余計なことは避けるつもりだ。


一歩一歩、確かめながら下へ降りてゆく。

ヘッドライトの明かりでは光度が足りず、ずっと下はいつまでも真っ暗闇だ。

タナカの息遣いが木霊して下から響いてくる感じからすると、底はありそうだが、延々と長い梯子が続いている。

学生時代、哲学書を持って井戸に入りたいと夢想したことがあるが、暗くて狭い空間というのは、人間の思考をくっきりとさせる効果があるようだ。

ガルーは必ずこの奥にいると、根拠の無い確信に満ち溢れてくるのだった。


100mくらいは降ったのだろうか。

「ちょっと、休憩したいですね」

延々と続く梯子に、さっそく運動不足のタナカは乳酸を溜め込んだようで、手がしびれてきたという。

休憩しようにも、この体勢のままでは休まるものも休まらない。

それにしても、深い深い穴だった。

「いったいどこまで続くんだ」

降るに従って湿度が増し、衣服がしっとりとして重たくなってきた。

それになんだかすごい臭気だ。

耐えられないってほどでもないが、心地のいいもんじゃない。

心持ち、酸素が薄くなってきたような気もしないではない。

ガス中毒で死んだという事故はよく耳にする。

100mも降れば、そろそろ危ういのではないかと思うが、意外と酸素は残されているらしかった。

まあ、中毒になるとすれば、ボクより当然タナカの方が早いだろう。

ヤツがへたりだす前になんとか下に到着すればいいのだが。


「教授、大変です」

「どうしたタナカ!」

タナカがなにやら発見したようだ。

「変な横穴を発見しました」

「まず、入ってみろ」

確かにそれは横穴だった。

明らかに下水業者が空けたものとは思えない乱暴な切り口で、ドリルとスコップで造られた横穴らしかった。

「教授。ガルーの仕業ですかね」

「いや、まだわからん。とにかく奥へ」

「いえ、とにかく休憩です」

といってタナカはどっかりと座り込み、ぬるいコーラを飲んでから今日2本目のスニッカーズをかじった。

「この横穴も深いなあ・・ムカデとかコウモリとか出てきませんよね?」

「さあ、たぶんな」

「それにしても、案外空気があるもんなんですね」

タナカは大きく深呼吸した。

「地底人でもいるのかな?だったらいいのになー」

「何がいいんだ?」

「だって教授、大発見じゃないですか」

「馬鹿だな。下水工事の穴の奥に地底人がいたら、工事に携わった人間はとっくに出会ってるじゃないか」

「それもそうですね」


10分ほど休憩をして、ボクらは横穴を進んだ。

外界の明かりはまったく届かない真っ暗闇の世界。

ヘッドライトの明かりだけがボクらの頼りだ。

電池が切れたら、たちまち途方にくれてしまうだろう。

モグラの通り道のように、ゆるやかなカーブをぬって進んでゆく。

この先にあるものはなにか?

冒険、それは発見。

『ガリバー旅行記』や『宝島』や『八十日間世界一周』や未知なる物を追い求めて冒険の旅に出る。

リュックを背負う背中から発汗。

額からは汗が落ち頬を伝う。

暗闇の先に見えるのは、明るい未来だ。

「しっ、静かに。なにか物音が聞こえないか?」

「え?そーですかあ」

「確かに聞こえる」

「ガルーでしょうか」

「ここからは物音を立てずに進もう。せっかくここまで来て、また取り逃がしたとあっちゃあやりきれない」

忍び足で進む。

どん臭いタナカのことだ。ドジを踏んではくれるなよ。

確かに土を掘るような金属音が聞こえたんだ。

遠くに明かりが見えてきた。

ああ。間近まで来た。

タナカはボクの指示に従って網を用意した。

じりじりと近づいてゆく。

かなり接近してきた。

もう目の前だ。

「それ!!」

タナカが網をかけた。

何かが捕まったようだ。

「やったぞ!!」

「やりました!教授!!」

感極まって泥だらけの手で汗をぬぐった。

薄暗い穴の奥で、網にかかった生物がうごめいている。


と、突然女の声がした。

「キャー!!なにやってるのよぉ!!」

「おい!しゃべったぞ!!」

「はい、しゃべりましたね!」

「ガルーは女だったのか?!」

「ガルーは女です!」

しかし、網の中から出てきたのは、ひとりのほっそりとした人間の女性だったのだ。

「どういうことだ、これは・・・」

しばらく状況が飲み込めない。

「どういうことでしょう・・」

「馬鹿!!あんたたち、なにやってるのよ!髪が乱れるじゃない!!」

「そんなこと言われたって」

つるはしとスコップを持って、横穴を掘っていたのは、この女性だったのだ。

「一体全体、君はここで何やってるんだ」

「そっちこそ、こんなところで何やってるのよ」

「追跡調査を・・・」

「追跡調査ぁ?」

「ああ、ある生物を追っている」

「地底深くにもなると、変な人種がいるっていうけど、あんたたちもきっとそうね」

「変な人種とは何だ。それに君こそ、こんなところに大穴掘って何やってるんだ」

「あたし?発掘調査よ。見てわからない。これでも歴とした学術調査なんだから」

と言うと、女はジーンズの埃をはたいた。

「ささ、調査の邪魔だから向こうへ行ってちょうだい。今日は時間が無いのよ」

と、女はボクらを尻目に見ながら、スコップを手に取った。

「ひとつだけ、変な質問をしてもいいかな?」

「手短にね。一回だけなら質問に答えてもいいわ」

「ここに妙なカンガルーは来なかっただろうか」

「ええ。来たわよ。あたしの後ろでさっきまで読書をしてたわ。かわいいカンガルーちゃん」

「ホントかね?!それは!それを見て君はなんにも思わなかったのかね?」

ボクもタナカも、思わず胸が躍った。

「ええ。専門分野外ですもの」

「教授、あまりにも偶然ですね」

「そこらに彼が読んでた本が落ちてるんじゃないかな」

見るとそこには分厚い本が落ちていた。

ボクはそれを拾い上げて、ページをめくった。

「ヘーゲルだ」

「ヘーゲルって何ですか、教授」

「知らないわよ、そんなこと、ヘーゲルに聞けばいいじゃない。さあ、質問タイムは終了。さよならぁー」

ガルーはボクが予想した通り、相当な知的生命体だということが判明した。

思ったとおりだ。

ヤツはもしかすると、宇宙人かもしれないぞ。

「ガルーはどっちに逃げたんだ?」

「質問は一回きりの約束よ」

「そりゃないでしょう。ボクらも遊びでやってるわけじゃないんだ」

「約束は、約束」

「その約束を了解したわけじゃない」

「そーだ、教授のおっしゃるとおりだ」

「ふん、屁理屈ばっかり。ロクな教授様じゃないわね。いいわぁ、向こうへ行ったよ。あんたたちが歩いてきた方向」

「すれ違わなかったけどな」

「知らないわよ。ぼーっとしてたんじゃないの?抜けてそうだしさ」


また、逃がしてしまったというわけか。

ただ、ボクの勘ってやつも案外当てにはなるもんだ。

少しだけ希望が見えてきた。

「それじゃボクらはこれで失礼するよ。最後にもうひとつだけ質問してもいいかい?」

「これっきりよ」

「ああ。ボクは才原だ。君は?」

「さあ、名乗るほどの女じゃないの。705(ナオコ)HNだけどね」

「705さんかあ」


ボクとタナカはもと来た道を戻り、地上へと出た。

すっかり夜になっていた。

今日は満月か。

月明かりの下で、タナカに5000円札を手渡して別れた。

今日の調査は終了。

手ごたえの感じた一日だった。
# by ronndo9117 | 2006-04-14 15:13 | 【創作小説】

【小説】 ガルー1

霧立ち込める切り立った崖の上を見事なスピードでひた駆け回るカンガルーが、まさかニッポンの都会のど真ん中に生息する、なんて話は、七三分けのガリ勉公務員が丁寧に説明しても、やさしい保母さんの話でも、または純粋無垢な三歳児が話していても、簡単に信じられるものじゃないだろう。

ましてボクが言うのだから、ますますその信憑性は疑われることになる。

だってそうだろう?

まず、霧立ち込めるなんて、霧が発生することも今のニッポンの都会ではなかなか想像がつかないことだし、切り立った崖なんてものは、ツチノコが出てきそうな山奥にでもわざわざ出掛けない限り、なかなかお目にかかれそうもないし。

そもそもが、野生のカンガルーなんてニッポン全土、動物園から逃げ出した少数派を除いては、本来生息しないものなのだ。

だからきっと動物園から抜け出した少数派の一頭に違いないんだ。

違いないんだけど、どこの動物園からも脱走したって話は聞かないところを見ると、案外ニッポンに古くから生息していたのかもしれないなあ。

詳しくはわからないよ。

専門家じゃないんだ。

さてここで、良識と常識のあるあなた方はきっと、馬鹿な話に同調しつつ、表面上では夢のある話でいいですね。

こう言うに決まってる。

わかっているよ。



目撃証言について。

ここでは実際にボクがこの目で見たカンガルーの話に終止したいと思う。

というのも、ボク以外の誰も、おそらくはこのカンガルーを見てはいないからだ。

仮にボク以外の誰かが目撃していたとしても、その目撃証言は公の場で広まることなく、ネット上で書き込みをしても多少のレスがつくだけで、一週間後には誰もが忘れているだろう。

つまりは誰も本気にしない、ということなのだ。


あれはそうだな。

三日月がぼんやり光る夜の頃。

消耗しきった顔をぶら下げて夜道を歩いていたときだ。

とにかくそのときは、疲れ切っていて、たとえば道端に死体が転がっていても、無かったことにして通りすがるくらいの状況だった。

迷路のように入り組んだ都会のど真ん中の道を、家路へと向かっていたときのことだ。

四度か五度か忘れたけど、くねくねと右折したり左折したりしているうちに、なんだかとんでもない崖に遭遇してしまった。

こんなところに崖があって、ガードレールも手摺も無いもんだから、つまずいた拍子に転落死するところだったよ。

ボクが死んでも、お月さんくらいしか目撃者がいないんだから、なんだか哀れだったよな。

まあ、幸いにして転落死は免れたが、それにしてもひどい霧が立ち込めていてね。

あたりは鬱蒼として静かだった。

どうしてこんなところに崖があったのか、探ってみたかったけど、なんだかひどく疲れていたんだ。

で、こう考えた。

崖があったんじゃなくて、崖が出来たんだ。

つい最近のことさ。

ほんの10分くらい前じゃないかな。

そう思うと、出来立ての香りがするじゃない?


そこへ登場したのが、例のあれ、そうカンガルーだ。

これでもボクは実際のカンガルーと動物園で触れ合ったこともあるし、有袋類って不思議だし、子供がいないときには何を詰め込んでいるのか興味があって、暇が出来たら詳しく研究したいと思ってたくらいのカンガルー好きなんだ。

偶然だけどね。

だから見間違えるはずは無いんだ。

霧があったって見えるさ。

すごい霧ってもその程度なんだ。

少なくとも輪郭くらいはっきりわかる。

あの大きさからして、ワラビーではなくって、カンガルーなんだ。

一般にワラビーはロック・ワラビーっていう種類があって山岳地帯や崖の上に生息するのもいるらしいんだけど、ボクが見たのは、草原でボクシングをやっている大型のアカカンガルーって種類のものだ。

あの立派な尻尾からしても間違いはないんだ。

そのカンガルーが、崖の上すれすれのところで、器用にもひた駆け回っていたんだから驚いたよ。

勢いあまって、うっかり踏み外しはしないかとヒヤヒヤして見ていたんだけど、ヤツはなかなか利口なヤツだった。

動きひとつでもそれはわかるさ。

それに、すごいスピードだった。

人間以外の動物ってたいてい速いんだけど、ヤツは特別だったな。

ボクは口下手なんで上手くは言えないんだけど、なんだか生命の限界を超越してるくらいのスピードだったと思う。

高速で駆け回っていたのさ。

物凄いスピードで。

時々休んではじっとして、哲学者のような難しい顔をしていた。


ね、ほら。だから。

信じられないでしょう?

無理もないけどね。

日常的にありえない話って、結局いつも荒唐無稽な話で片付けられてしまってお終いなんだ。

いつかニッポンの川でカモノハシと遭遇したって話も、結局は誰にも信じてもらえなかった。

証明しろったってさ、そんなもん。

川の隅々まで探したって見つかりっこ無いのはわかってる。

特別調査隊でもあれば話は別だけど、カモノハシも忙しいんだ。

ボクらの都合に合わせて生きてらんないよ。

とはいうものの、カモノハシの件は良い教訓として、カンガルーは捕獲する必要がある。

なぜなら、目撃してしまったからだ。

高速移動を行うカンガルーを捕獲して、世に公表してだな。

ボクがウソツキでないことを証明しなければいけないね。

さらに超常現象研究家 才原博の名前を日本中に知らしめるチャンスでもある。

え?いつから超常現象研究家になったのかって?

たった今からだよ。

まったく鈍いね、君たちったら。

テレビ出演の依頼が舞い込んだら、仰々しく白衣でも羽織ってやろうかしら。

崖っぷちでひた駆け回っているカンガルーだったが、その後見失って、そのままさ。

ヤツは恐らく高い知性の持ち主に違いない。

なぜそう判断するのかって?

あれだけ高速でひた駆け回るわけだし、それになによりヤツはランドセルを背負ってたよ。

合成皮のピカピカの黒さ。

な、ありえないだろ?

テレビ用に名前も付けた。

こんなことだけは仕事が早いんだ。

ヤツの名前は『ガルー』。

カンを略しただけ、という指摘は甘んじて受け入れましょう。

さて、ガルーを求めての捜索が始まったんだ。
# by ronndo9117 | 2006-04-14 15:10 | 【創作小説】