【エッセー】結婚とは何か?


映画 『スターウォーズ』の影の産みの親とも言われる、神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、生前のインタビューの中で、自身の結婚観について次のように述べた。

「結婚とは試練である」

恋愛の持続は3年が限界、とかなんとか欧米の女性学者が自説を展開して話題になったことが過去あるように、恋愛というものは、自分がどんなに情熱的でも、平静を装っていても、悲しいかな必ず終わりはやってくる。

恋愛が終わった夫婦の関係は、苦痛でしかない・・・・

だから、結婚生活は苦行であり、また試練なのだ。

というニュアンスを話しているのでは、実はない。

キャンベルがいうには、結婚にはどんなに幸せな家庭を築こうと、必ず払わなければならない犠牲がある。

夫婦という関係に払う犠牲。

そのうち子供ができれば子供に払う犠牲。

そして家族に払う犠牲ができる。

夫婦お互いの自己犠牲のもとに、はじめて関係が成り立ってしまう。

それは乗り越えなければならない、人間に運命づけれれた試練なのだ、とキャンベルは言った。



まったく違う生活環境のもとに育ったもの同士が、ある日突然共同生活を始めて、そもそもが上手くゆくはずが無い。

「家族というものはそういうもんだ」

と金八先生も言っている。


ボク自身、結婚してみて思うのは、妻は母親ではない、ということだ。

自分の母親には要求できることでも、妻に要求できないことは実に多い。

そして妻は決まり文句を口にする。

「子供中心に考えないとダメ」

こうしてボクは毎日死んでゆく。

家族に払う犠牲に日々削り取られながら、磨耗してゆく。



では、結婚などそもそもしなければ良かったのではないか?

この疑問に対して、ボクは次のような理由で否定したい。



人類学上でいうなら、女性はからだの変化に伴い、精神的な成長も遂げてゆく。

髪を伸ばして女の子として育てられることから始まって、そのうち初潮が訪れ、胸がふくらみ、からだは丸みを帯び、妊娠して子供を産む。

必死で子育てをし、その間も精神的な成長を続けるだろう。


では男は?

どうすれば精神的に成熟してゆくんだろう?

知らぬ間に声変わりをし、髭が生えてきて、からだの変化といったらこれくらいのこと。

背が伸びても気分はさほどかわらない。

いつまでたっても、幼い感情にしがみついているのは、ほとんど男だったりする。

何にも考えずにボーッと生きて過ごし、気がつけば体だけが大きくなってしまい、心と体のバランスが保てなくなり、いつしか瓦解してしまう。

ボクも例に漏れず、そんな若者だった。

26歳までフリーターとして日々あそびに明け暮れた。


結婚して、守るものができた。

自分の親からも自立し、自立した上にも、守るものができる。

男にとって結婚とは、突如として重要なポストを与えられた新入社員のようなもの、かもしれない。

毎日なにか大きなプレッシャーと闘い、もみくちゃにされながら、知らぬ間に大人になってゆく。



そして運命の出会い。

自分の血を引く、自分とよく似た、いやむしろ分身といっていい、我が子と出会う。

息子の成長を追い続け、彼の背中を見つめると、かつて自分が自分の親に見せたものと同じ背中を発見する。

過去の自分との再会・・・


この時点で自己否定的な人間は、男として女として成長できなかった人々だ。

自己に肯定的ではじめて子と向き合えるのではないか?


息子の背中に自分を見たとき、自分は知らぬ間に父親になっていたのだと知った。



・・ボクのストーリーはここまでだ。

あと数十年もすれば、孫と出会うことだろう。

そのとき何を発見し、自己がどのように成長してゆくかは、まだわからない。

自分を成長させ豊かにしてゆくのは、簡単なことじゃない。

だからこそ人には試練が必要になる。

そこでなにかを発見し、感動してゆくことこそが、人が生きてゆくストーリーの中での喜びではないだろうか。

世界の大きな構造を、あえて例えて『神』というとき、この『神』は人類にとって偉大なるシステムを創造したことになるんだろうか。
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by ronndo9117 | 2005-12-09 01:22 | 【エッセー】
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