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【小説】 ガルー1

霧立ち込める切り立った崖の上を見事なスピードでひた駆け回るカンガルーが、まさかニッポンの都会のど真ん中に生息する、なんて話は、七三分けのガリ勉公務員が丁寧に説明しても、やさしい保母さんの話でも、または純粋無垢な三歳児が話していても、簡単に信じられるものじゃないだろう。

ましてボクが言うのだから、ますますその信憑性は疑われることになる。

だってそうだろう?

まず、霧立ち込めるなんて、霧が発生することも今のニッポンの都会ではなかなか想像がつかないことだし、切り立った崖なんてものは、ツチノコが出てきそうな山奥にでもわざわざ出掛けない限り、なかなかお目にかかれそうもないし。

そもそもが、野生のカンガルーなんてニッポン全土、動物園から逃げ出した少数派を除いては、本来生息しないものなのだ。

だからきっと動物園から抜け出した少数派の一頭に違いないんだ。

違いないんだけど、どこの動物園からも脱走したって話は聞かないところを見ると、案外ニッポンに古くから生息していたのかもしれないなあ。

詳しくはわからないよ。

専門家じゃないんだ。

さてここで、良識と常識のあるあなた方はきっと、馬鹿な話に同調しつつ、表面上では夢のある話でいいですね。

こう言うに決まってる。

わかっているよ。



目撃証言について。

ここでは実際にボクがこの目で見たカンガルーの話に終止したいと思う。

というのも、ボク以外の誰も、おそらくはこのカンガルーを見てはいないからだ。

仮にボク以外の誰かが目撃していたとしても、その目撃証言は公の場で広まることなく、ネット上で書き込みをしても多少のレスがつくだけで、一週間後には誰もが忘れているだろう。

つまりは誰も本気にしない、ということなのだ。


あれはそうだな。

三日月がぼんやり光る夜の頃。

消耗しきった顔をぶら下げて夜道を歩いていたときだ。

とにかくそのときは、疲れ切っていて、たとえば道端に死体が転がっていても、無かったことにして通りすがるくらいの状況だった。

迷路のように入り組んだ都会のど真ん中の道を、家路へと向かっていたときのことだ。

四度か五度か忘れたけど、くねくねと右折したり左折したりしているうちに、なんだかとんでもない崖に遭遇してしまった。

こんなところに崖があって、ガードレールも手摺も無いもんだから、つまずいた拍子に転落死するところだったよ。

ボクが死んでも、お月さんくらいしか目撃者がいないんだから、なんだか哀れだったよな。

まあ、幸いにして転落死は免れたが、それにしてもひどい霧が立ち込めていてね。

あたりは鬱蒼として静かだった。

どうしてこんなところに崖があったのか、探ってみたかったけど、なんだかひどく疲れていたんだ。

で、こう考えた。

崖があったんじゃなくて、崖が出来たんだ。

つい最近のことさ。

ほんの10分くらい前じゃないかな。

そう思うと、出来立ての香りがするじゃない?


そこへ登場したのが、例のあれ、そうカンガルーだ。

これでもボクは実際のカンガルーと動物園で触れ合ったこともあるし、有袋類って不思議だし、子供がいないときには何を詰め込んでいるのか興味があって、暇が出来たら詳しく研究したいと思ってたくらいのカンガルー好きなんだ。

偶然だけどね。

だから見間違えるはずは無いんだ。

霧があったって見えるさ。

すごい霧ってもその程度なんだ。

少なくとも輪郭くらいはっきりわかる。

あの大きさからして、ワラビーではなくって、カンガルーなんだ。

一般にワラビーはロック・ワラビーっていう種類があって山岳地帯や崖の上に生息するのもいるらしいんだけど、ボクが見たのは、草原でボクシングをやっている大型のアカカンガルーって種類のものだ。

あの立派な尻尾からしても間違いはないんだ。

そのカンガルーが、崖の上すれすれのところで、器用にもひた駆け回っていたんだから驚いたよ。

勢いあまって、うっかり踏み外しはしないかとヒヤヒヤして見ていたんだけど、ヤツはなかなか利口なヤツだった。

動きひとつでもそれはわかるさ。

それに、すごいスピードだった。

人間以外の動物ってたいてい速いんだけど、ヤツは特別だったな。

ボクは口下手なんで上手くは言えないんだけど、なんだか生命の限界を超越してるくらいのスピードだったと思う。

高速で駆け回っていたのさ。

物凄いスピードで。

時々休んではじっとして、哲学者のような難しい顔をしていた。


ね、ほら。だから。

信じられないでしょう?

無理もないけどね。

日常的にありえない話って、結局いつも荒唐無稽な話で片付けられてしまってお終いなんだ。

いつかニッポンの川でカモノハシと遭遇したって話も、結局は誰にも信じてもらえなかった。

証明しろったってさ、そんなもん。

川の隅々まで探したって見つかりっこ無いのはわかってる。

特別調査隊でもあれば話は別だけど、カモノハシも忙しいんだ。

ボクらの都合に合わせて生きてらんないよ。

とはいうものの、カモノハシの件は良い教訓として、カンガルーは捕獲する必要がある。

なぜなら、目撃してしまったからだ。

高速移動を行うカンガルーを捕獲して、世に公表してだな。

ボクがウソツキでないことを証明しなければいけないね。

さらに超常現象研究家 才原博の名前を日本中に知らしめるチャンスでもある。

え?いつから超常現象研究家になったのかって?

たった今からだよ。

まったく鈍いね、君たちったら。

テレビ出演の依頼が舞い込んだら、仰々しく白衣でも羽織ってやろうかしら。

崖っぷちでひた駆け回っているカンガルーだったが、その後見失って、そのままさ。

ヤツは恐らく高い知性の持ち主に違いない。

なぜそう判断するのかって?

あれだけ高速でひた駆け回るわけだし、それになによりヤツはランドセルを背負ってたよ。

合成皮のピカピカの黒さ。

な、ありえないだろ?

テレビ用に名前も付けた。

こんなことだけは仕事が早いんだ。

ヤツの名前は『ガルー』。

カンを略しただけ、という指摘は甘んじて受け入れましょう。

さて、ガルーを求めての捜索が始まったんだ。
by ronndo9117 | 2006-04-14 15:10 | 【創作小説】
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